夏祭り 1

8月になった。やたらと暑いがアイスが美味い。陽が長くなって夜は涼しく、蚊やらセミやらがうるさいが窓を開けると空気が乾いて気分が良い。

 

せっかく夏だし、と張り切ってみんなやたらに予定を詰め込んでいる。そうか夏だし遊ぶ季節か、と思っていると、たまたま近くでお祭りがあるのを知った。自分も行こうかと思ったが今から誘える人もいない、まあでも時間もあるし明日も休みだし、自分も夏でハイになってるしで、散歩がてら一人で行ってみることにした。誰かに会えないとも限らない。

 

電車で四駅揺られながら暇そうな奴にラインを送ってみるが誰も来ない。途中で浴衣の人間が山ほど乗ってきて通勤ラッシュよりきつい満員電車になった。現地へ着くころ、俺はなんで一人で来てんだろうなとちょっと帰りたくなったりしてその旨をツイッターに呟いたりしたら、古い友人から返信が来て、どうやら偶然来ているらしく、そのグループへ混ぜてもらうことになった。地元の祭りだからそりゃいるよなと思いつつ、こんな機会でもなければ会わない奴らなので、なおさら夏祭りっぽくて楽しくなってきたなと思ったりした。

 

どこの何のあたりで待ち合わせ、と教えてもらったものの方向音痴なのでよくわからない。スマホの位置情報を使ってもなお僕は道に迷う。人混みやら出店の照明やらで頭が疲れてきて、また帰りたくなりながら、一応待ってもらってるんだし、と待ち合わせの場所を目指す。神社の狛犬の下、と言われてもその神社がわからない、さっき鳥居を見たがあれはたぶん違うんだろう、狛犬と言われても見つけられるか自信もない。だんだん心も折れてきて、疲れて腹も減ってきたので、適当にそのへんで何か食って元気を出そうかなと思ったりした。買い食いは夏祭りの華である。

 

買い食いは金がかかる。が夏祭りなのであんまりそういうことは考えない。コスパとか評判とかより最初にビビっと来たものを食おうと思った。あんまり考え込むとかえって決められなくて泥沼である。例えば今両手に見えてる店に、何か良さそうなのがあったらもうそれにしちゃおう、と思った。はしまき、りんごあめ、金魚すくい、射的、からあげ、たこやき。

からあげとか良いなと思った。身体が肉と油を欲している。男子学生の食嗜好なんてこんなものである。

看板を見ると大中小の三種類の値段がある。他にメニューらしきものはないのでこの店はからあげ一本で生きているらしい。

「からあげ中ください」

「あいよ」

言うやいなやいくつかのからあげを掴みあげて紙カップへざくざくと入れてくれる。僕は料金を払い(いくらだったかは忘れることにする)、上機嫌で歩いていく。

 

熱すぎてちょっと火傷したりしたがからあげはやはり美味い。間違いがない。思ってたより量があって、着くまでに食べきれるかなと思ったりした。地図を良く見るとわりと近くまで来ているらしく、なんだか急に元気が出てきた。

 

ぺたぺたする唇を舐めたりしながら、だんだん人通りが減ってきて、待ちあわせの神社は意外と出店も何もない、ちょうど待ち合わせるのに都合のいいとこにあるのかなと思ったりした。灯篭がある。でかい木がある。赤い看板に何かの歴史が書いてある。この調子なら狛犬の一匹や二匹くらいそのへんにいそうだ。

 

辺りをきょろきょろしながら歩いていると、番傘を持った白い女性が目に留まった。僕のことをじっと見ているので、何だこの人は、と思って顔を見ると、まさか、人ではなかった。白い毛皮の狐が、僕を見つめていた。

 

人間の骨に狐の皮を被せたような、立ち振る舞いは大人の女性のそれなのだけど、手足も顔も白い毛で覆われていて、細い目と黒い鼻ととがった耳はどう見ても狐のようで、けれど着物をしなやかに着こなして、番傘を肩にかけ、扇子を涼しげに扇いでいる。妖怪か、と思った。

 

「あんた、ちょっと」

「はい」

 

話しかけられて、ぎょっとしながらも返事をしてしまった。狐の口から、京都人のような声がする。

 

「待っててな」

 

狐の人はそう言うと、ひたひたと歩いてそばの灯篭の明かりの中に手を突っ込んだ。熱くないのか、と思ったが、抜かれた手の中には白い饅頭があった。

 

「よかったら、これ食べんさい」

「え 僕ですか」

 

狐が肉球を突きだして、僕に饅頭をやろうとする。何だ、何が何なのだ。急に。そもそもなぜ狐がいるのか、これは夢ではないのか。僕は疲れているのか? この饅頭は食っても大丈夫なものなのか、そもそもこいつと話していて僕は大丈夫なのか。どこか知らぬ世界へ連れて行かれはしまいか。

 

「ほら」

「い、いいです」

 

再度手を突き出されて、僕はさっと逃げてしまった。早足に、というか走り去ってしまった。あんなもの食っては、それこそ妖怪の世界へ連れていかれてしまう。

 

しばらく走って、振り返ると姿は見えなかった。不審者に会ったら逃げるの一手である。もしくは僕の幻覚かもしれないし、夏祭りゆえの凝った仮装かもしれない、まあ真相はわからないが、次に人に会ったら話してみようと思った。僕以外の人にはあれは見えていなかったのだろうか? するとなおさら幻覚のようだ。

 

走り疲れて荒い息をする。胃から空気がこみあげて、さっきのからあげ美味かったな、と思い出しだりした。そろそろ合流地点に着く。会ってどうなるのかわからないが、古い友人に会うのはやはり楽しみだったりする。夏祭り、まだ来てからあげ食ったくらいで、大したこともしていない。夜はこれからである。