夏祭り 2

 

 

簡略 前回までのあらすじ

夏なので夏祭りに来た。たまたま古い友人たちも集まっていると聞いたので、連絡を取って混ぜてもらうことにした。いま待ち合わせの場所に向かっているところだが、腹が減ったのでからあげを食べたり、なんか狐の妖怪に会って饅頭を食わされそうになったりした。

 

 

そろそろ待ち合わせの場所かと思い、改めて地図を見る。一つ隣の通りで、知らぬ間に通り過ぎていたらしい。振り返って歩き始める。久しぶりに会う奴らだ、どんな顔をしているだろう。会って僕はうまく話せるだろうか。夜の冷たい空気を吸い込んで、辺りは黒い夜空に緑の木ががさがさ揺すられている。ごみ箱を見かけたので手にしていたからあげの包みを捨てて、角を曲がると、突然眩しい光が差した。

 

一面明るくなって、目が痛い。なんだかむせ返るような感じがして、げほげほと咳をした。周囲の明るいのにも慣れてきて、目を開けると、そこは自分の部屋の、ベッドの上だった。

 

夢か? 辺りを見回すが、たぶん僕の部屋で間違いない。僕はベッドに半身を起こして腰かけていた。慣れた手つきで這い出し、照明を付ける。時計を見ると朝の6時となっている。ドアを開けるといつもの廊下で、外では車の走る音がする。

 

さっきまでの夏祭りはどこへ行ったのだ? 夢オチ、と思ったがこれは物語じゃない、現に今まで僕はあの石畳の上を歩いていたのだし、狛犬も見たしからあげも食べたのだ、スマホ片手に彼らと合流するはずだったのだ。こんなリアルな夢があるものか。それとも本当に夢なのだろうか。

 

困惑しながらも僕は服を着替えて、水を飲み、朝食を食べた。今僕が生きているのは間違いなく現実だと言える。あんなリアルな夢があるのなら、これだって夢かもしれない、という気分になるが、まさか今食っているこのトーストが、この大きな欠伸が、この明るい日差しが全部夢だとは思えない。今また何かの拍子に、突然別の景色に飛ばされやしないがろうか。

 

外へ出てしばらく歩いてみる。別にどうということもなく過ごせていて、さすがにこれは夢ではないなという確信になってきた。なんだ、変な夢を見たくらいで脅えすぎなのである。だんだん内容も思い出せなくなってくる。確か、どこかへ行こうとしていたのだ。その途中で目が覚めて、変な感じになったのだ。

 

部屋へ戻るころにはすっかり気も晴れた。ぼんやりツイッターを眺めたりして、また日々の喧騒に飲まれていく。さっきまでの不安の種も、もう思い出せない。年のせいだろうか? ベッドの上でひどく自分がうろたえていた覚えがあるが、変な夢でも見たんだっけか。内容はなんだったか? 怖い夢と言えば追われるとか刺されるとかだけど、そんなんだったか。もうよく思い出せない。

 

今日は休みなのである。もう夏が来ているのだ。暑いのでみんな薄着になり、休みもあるのでなんとなくどこかへ遊びに行きたくなる。僕もつられて、なんとなく出かけたい気分になった。海がいいだろうか。山がいいだろうか。

 

風のうわさで、今日たまたま夏祭りがあると知った。電車で四駅先の、よく知った神社の周りでやるらしい。古い友人からたまたま連絡があり、僕も一緒に行くことになった。あの神社へ行くのも彼らと連絡を取るのももう四年ぶりくらいになる。どんなテンションで会えばいいのかわからないが、まあなんとかなるだろう。夏は雑に生きていても許される感じがある。

 

浴衣の人間にもみくちゃにされながら僕らは電車に揺られ、やがて着き、出店を見ながらゆらりふらりと歩いていた。四年ぶりに会う彼らはみんなちょっとかっこよくなっていた。チャラくなった奴もいれば、パっとしなかったはずの奴が精悍な顔つきになっていたりする。僕はどう見えているだろうか。彼らと並んでいるだろうか。なんとなく背筋を伸ばしたりしてみる。

 

射的をやりたいと言い出した奴がいて、そいつは三発中一発だけ当てて何かのキャラクターの人形をもらった。なんやねんこれ、いらねー、と言いながら自慢げに見せてみたり、大事にカバンにしまっていた。僕もこういうゲームは好きなので挑戦してみる。一発目はひどく外れた。初めて撃ったのだから仕方がない、もっと真っ直ぐ構えて、撃つ時の反動を抑えるように意識しよう。二発目も変わらずどこかへ飛んでいった。もっと何十発も練習すればうまく撃てるのに。あと一発しかない、後ろで旧友が見ている。さっきのあいつは一発当てたのだ。あのよくわからん人形を手に入れたのだ。俺も外すわけにはいかない。あいつが当てた人形のあったところのひとつ隣の、小さいラジコンカーを狙う。これを当てれば十分恰好がつく。何か漫画で読んだコツを思い出し、息を止めて、銃口が静まったころ、引き金を引いた。

 

引いた瞬間、あれだけ気を付けていたのに手元がぶれた。弾はあらぬ方向へ飛んでいき、棚の端っこの、何かでかい箱に当たった。

 

「やった!」

「うおお!」

 

ガタゴト、とそいつが落ちる。店主が拾って、おめでとさん、と渡してくれる。よく見ると、駄菓子の箱だった。大きさの割に軽くて、中身はうまい棒みたいなあれらしい。

 

「すげー」

「こんなにいる?」

「いらん」

「いいな、俺もやるか」

 

お菓子は後でみんなで分けて食うことにした。僕の後にもう一人挑戦したがそいつはだめだった。もう満足したようで次の店へ歩いていく。

 

ぽつぽつと買い食いをする奴が出始めて、僕も何か食おうかなという気になった。次誰かが何か買いに行ったらそれについていこう。

 

はしまき、たこ焼き、わたがし、からあげ、ベビーカステラ、なんでもある。夏祭りに来るのは本当に久しぶりなので、こう出店を見ているだけでも飽きない。連れの一人が、からあげがいいな、と言った。僕はちょっとベビーカステラを食おうかと思っていたが、まあ夕飯にお菓子はどうなんだと思うので、一緒にからあげを食おうと思う。

店に近づくと、目の前に白い着物の女性が割り込んできた。どん、と二人してぶつかってしまい、すみませんと謝る。謝るが、女性はそこから離れようとしない。からあげを買うでもなく、どこかへ行くでもない。怒ってるのかな、邪魔だな、と顔を見てみると、まさか、人間ではなかった。狐だ。狐が、着物を着ている。狐が二本足で立って、人間のように着物を着ている。よく見ると白いのは着物だけでなく手足も首もそうである、白い毛皮を着た狐が、僕をじっと見つめている。

 

友人はそれに気づかないのか、彼女を避けて店主に話しかける。

「おっちゃん、からあげ小ください」

「だめ!」

言うや否や狐の彼女が制する。からあげのおっちゃんも友人もぎょっとして、彼女を見つめる。目を見開いて後ずさりする。友人と顔を見合わせて、おい、これ、狐、人間じゃない、とアイコンタクトをして、やはりこれは僕がおかしいのではなく実際彼女が異常なのだ、と改めて思った。

 

「からあげはだめ、別のにして」

彼女は僕らの前に両手を広げて立ち塞がる。

「な、なんでですか」

僕は聞き返した。

「あんた、タイムリープしてんの。抜け出したいなら、今すぐどこかへ行って」

「え、タイムリープ?」

「もう、いいから! からあげを食べたら、あんた死んじゃうの。死にたくないでしょ?」

「え、あ、その」

何が何やらわからないでいると、友人に脇をつつかれた。

「すみません、もう帰ります。失礼しました」

友人はそう言って店を去った。僕も後に続く。

 

十分離れたころ、友人は上着の前を開けて、中からからあげを二袋取り出した。

「こえー、超こわかった」

「うお、からあげあるじゃん。どしたの」

「お前が話してる隙に、おっちゃんがこっそり渡してくれた」

「まじか。お金は?」

「いいってさ。変なのが来てごめんな、っておっちゃん言ってたけど、別におっちゃん悪くないよな」

「ああー、まあね。やばかったね、タイムリープとか死ぬとか言ってて」

「死にたくないでしょ? ってね。からあげで死ぬってどういうこと」

「わかんない。ていうか狐の恰好してたけどあれ何?」

「そう! わからん、着ぐるみかな? めっちゃそっくりだった」

みんなと合流して、狐の恰好の変質者にからあげ食ったら死ぬって言われて大変だった、と話したら心配されつつも笑いの種になった。それでもからあげ食うんかい、と突っ込まれたりしたが、まあ美味しいのでしょうがない。

 

友人から貰ったからあげがどうやら大中小あるうちの大だったらしく、僕はそれでお腹がいっぱいになってしまった。みんなが買い食いするのを見ながら、なんとなく馴染めずにいて、空を見上げてみたり道行く人の着飾った姿を見たり、友人たちに話しかけられれば適当に返答したり、寂しくなったら話しかけてみたりして、それなりに夏っぽいなと思える時間を過ごしていた。

 

歩き疲れて、静かなところでみんな休んでいた。あれだけ喋ったせいか今は静かに、ただ同じ空間で同じ時間を過ごしているだけである。僕には意外とこれが心地良い。食べたものも消化されてきて今度は喉が渇いてきた。さっきドデカミンを買っていたやつがいるのでそいつに自動販売機の場所を聞こう。

 

しゃがみこんでいた僕は、立ち上がるとふいに眩暈に襲われた。立ちくらみ、にしては目の前が真っ白になって、これはなんかヤバいかもしれん、頭がくらくらして、吐き気がした。げほげほ、うえっ、と咳をする。

 

数秒すると気が楽になって、視界が開けた。辺りを見回すと、僕は自室のベッドの上にいるらしかった。